diary

“Quem deseja ver o arco-íris, precisa aprender a gostar da chuva.” @pyi46

case2『距離』

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優しい彼女は夢を見ることがあったのだろうか。

女優、歌手、タレント、そして勿論アイドル。

ここは夢見がちな少女達が集まる場所だ。

その夢をはっきりと見てる人もいれば、ふわっとした気持ちでいる人もいる。目指す先が明確に分かってるのか、まだ見えてこないのか、それともまだ探してるのか。それは環境によっても変わってくる。

誰だって指先に見えるものの距離までは分かっても、月までの距離がどれくらいなのかを当てるのは難しい。

ただ、それぞれが多かれ少なかれ何かしらの夢を抱えてる中で、彼女だけは違う場所を見ているような気がしていた。

 

私はまだ夢も目標もよく分かってない時にここに来た。

だけど、周りの大人達はやたらと私に夢を持たせようとしてくる。

何になりたいのか。今年の目標はなんなのか。この先に何処を目指しているのか。

ことある事に聞かれ、その度に私は答えに悩んだ。

まるでそれを持ってないのが罪なことなのかと考えた時期もあった。

だから、彼女はどんな夢を見ているのか、少しだけ気になっていた。

 

彼女は1人でいることが多かった。

楽屋でも、端っこの方に静かに座って音楽を聞いたり、本を読んだり。

幼かった私は、彼女によくちょっかいを出した。

優しい彼女は煩わしかったであろう小娘のちょっかいにもいつも笑顔で付き合ってくれた。

私はそんな彼女が好きだった。

 

アイドルなのに、全然アイドルっぽくなくて。全然アイドルっぽくない彼女がアイドルをしているのを見るのが好きだった。

 

ある時、私が番組用のアンケートに書かれた「将来の夢は」の質問の答えが出せずに悩んでると、その様子を隣で見ていた彼女が言った。

「別に夢なんてなくても良いんだよ」

彼女の言葉に私は驚いた。

「皆、夢のためにここにいるんじゃないの?」

私の返しに彼女は少し黙って答えを考えていた。

優しい彼女は私みたいな小娘の質問でもしっかりと答えを出そうとしてくれる。

「皆、色々な想いを抱えてここに来たと思うけど、それが夢だとは限らない。ここにいる理由は、「目的」であったり、「手段」であったり。。それは人によって違うし、それに…」

彼女が言い淀んだ

「何?」

「…うん。まだ若いし、夢を見るのに焦ることはないよ」

その頃の私には彼女の言葉は難しくて全てを理解は出来なかったし、何かを言おうとして言葉を変えたような彼女の言い方が気にはなったけど、私の周りで「夢を見る必要はない」と言ってくれる人は初めてだったし、なんだか胸のつかえが降りるような気がした。

 

優しい彼女は夢を見ることがあったのだろうか。

あの時の彼女の言葉、今ならなんとなくわかる気がする。

普通の子はアイドルの中で夢を見て、目的を見つけて卒業していく。

だけど彼女は、夢の手段としてアイドルを選択して、夢を見て卒業していった。

彼女の見ている夢は他の子達よりももっともっと遠いところにあったのに、そこまでの距離をはっきりと分かっていた。

彼女だけが違う場所を見ていたような気がしていたのも、多分それが理由だったんだなと思う。

 

最近、私としては全く意識してるつもりはないのに、時々彼女に似てきたと言われる。

私は彼女を大好きだったし尊敬もしていたから、無意識の内に彼女の影を追いかけてる所もあるのかなと、それはそれで嬉しい事なのかもしれないなと、そう考えるようになった。

 

私は今夢を見ているのだろうか。

やりたいなと思うことはいくつか見つけることが出来た。

だけどそれを夢と呼ぶのはまだ気恥しいし、人前で言えるほどのものでもない。

 

私はここが大好きだ。だから今は、夢を夢だと明言することよりも、むしろここにいる事の方が私の夢なのかもしれない。

だけど私もいつか夢を見つけてここを卒業することになるんだろうな。

なんだか本当に彼女に似てきてる気がして、私は少しだけ笑った。

 

ただ今はまだその背中を追おうとは思わない。

月まで手を伸ばしてみる。その距離はまだ私には分からない。それでいい。今はまだ目の前にあるものを大切にしていたい。

 

彼女の背中を遠くに見ながら、そして私は歩き出す。

 

 

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1727文字でした(誤差の範囲内)

 

※この物語はフィクションです