case3『隣』
優しい彼女は夢を見る。
どんな夢を見てるのかな。
私にとってこの時間は何よりも幸せな時間だった。
私はここがどんな世界なのか知らずに飛び込んだ。
どうしていればいいのかも、何をすればいいのかも、何一つ正解が分からないまま、ただ毎日泣いていた。ひたすらに泣いていた。
彼女は泣いている私を見て笑っていた。
最初は酷い人だと思った。だけど、私が泣いてる間はずっとそばにいてくれた。笑いながら頭を撫でて、笑いながら優しく抱きしめてくれた。
気がつくと私は、彼女にずっとそばにいて欲しいと思うようになっていた。
私は昔からよく「変わってるね」と言われる。
何が変わってるのか私には全然分からない。
私に言わせれば、変わってると言ってくる人達の方が変わってる。
彼女は私のことを一度も「変わってる」と言ってこない。私のことを変わった人間だと思って接してこない。1人の人間として、偏見なく私を受け入れてくれる。
私は彼女を好きになった。
「大好きです」
思ってることを何でも表に出してしまう私は、彼女に大好きなことを伝えた。けど、
「はいはい、ありがとね」
と軽くあしらわれた。
「本当に大好きです」
「わかったわかった」
適当に返事をしてくるけど、嬉しそうな表情をしてるのを見逃さなかった。
私はますます彼女を好きになった。
楽屋でも、移動中でも、彼女はいつも本を読んでいた。
「ねぇ、ちょっと走りませんか?」
私は彼女をジョギングに誘った。
「…本気で言ってるの?」
「本気です」
彼女は呆れた表情で私を見た。
「1人で走ってきなよ。私は本を読むから」
「嫌です、一緒に走りたいです」
私は強引に腕を引っ張った。
呆れ顔が次第に諦め顔になり、「あーもうわかったよ」の一言で、彼女は折れた。
「私をジョギングなんかに誘う人間はあんたが初めてだよ」
彼女はため息と同時に愚痴をこぼしたけど、私を「変わってるね」とは言わなかった。
私はここをどんな世界なのか知らずに飛び込んだ。
不安で怖くて泣いてばかりだったけど、沢山の優しさが私を救ってくれた。
彼女が居なかったら、私は未だに毎日泣いていたかもしれない。
移動車の中、隣に座る彼女が本を読み始める。
暫くすると、うとうとし始めて、ハッと目を覚まして首をぶんぶんと振り、また本を読み始める。
私はその様子を静かに見る。
暫くすると、またこっくり、こっくりと頭を前に傾ける。
それが何度か続き、ついに本をパタリと閉じて、私の肩に頭を預けて寝息を立てる。
優しい彼女は夢を見る。
どんな夢を見てるのかな。
私にとってこの時間は何よりも幸せな時間だった。
彼女は先輩だけど、私は彼女の隣にいたい。
前でも、後ろでもなくて、隣に。
「着きましたよ」
車が止まり、幸せそうな表情で寝ていた彼女を起こす。
「ん…ありがと…」
寝ぼけ眼をこする彼女の手を取って、そして私は歩き出す。
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1225文字でした(誤差の範囲内)
※この物語はフィクションです
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今回で考えていたお話は終わりです。
書き出しから「夢」をメインにした話にしようかなと考えて、「夢を見てる優しい彼女」と「歩き出す私」の関係性が乃木坂ちゃんっぽいなって思って話を考えてみました。
夢を「目指している夢」「探す夢」「寝てる時の夢」と分けてみて、
「夢を見る彼女」と「私」との関係性を、「ほんの少しだけ斜め後ろ」「遠くに見える背中」「隣」としてみました。
勝手なイメージで書いたので、違うだろと思う方もいらっしゃると思いますが、暖かい目で読んでいただけたら有難いです。
短いながらも久しぶりに物語的な事を考えたので、少し楽しかったです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。