diary

“Quem deseja ver o arco-íris, precisa aprender a gostar da chuva.” @pyi46

『価値あるもの』を聞いて思ったもう一つの「僕」の物語。

 

お久しぶりです。

乃木坂46の29枚目シングル『actualy...』が配信開始になりましたね。

今回のシングルは良くも悪くも多くの話題と注目を浴びることになりました。

それはさておいて、今回は収録曲『価値あるもの』を聞いて思った感想を書きたいなと思って久しぶりにブログを開いてみました。

最近は言いたいことはだいたいふせったーに書いてしまうのでブログを書くことも無かったんですが、久しぶりにちゃんと形として残したいなと思ったので今回はブログに書きたいなと思った次第です。

 

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「価値あるもの」は、久保史緒里、阪口珠美中村麗乃、遠藤さくら、賀喜遥香金川紗耶、北川悠理、佐藤璃果の今年新成人を迎えた8人からなる、“新・華の2001年組”のユニット曲。

新・華の2001年組は、2015年に西野七瀬桜井玲香ら7人が成人した際の「華の94年組」にリスペクトを込めたネーミングであり、華の94年組の「遠回りの愛情」に続く、世代ユニット曲。10回目の成人式というグループにとっての節目、さらに8人の「今度は我々が乃木坂46を盛り上げていけたら」という思いが乗ったまさに“プレミアム”な楽曲と言えよう。

 

realsoundより抜粋

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そしてこの楽曲を初めて聞いた時の僕の感想がこれです。

 

 

乃木坂の楽曲にはよく「君」と「僕」が登場します。

そして僕は君に恋心を抱いていて、だけどその想いを君に伝えることのない、或いはその後の結果がどうなったのかが分からない曲が多いと思います。

片想いのまま決して実ることのない、それでも相手を想い続ける。これってアイドルとファンの関係性に似てるなって思います。だから彼女達が歌うことで歌詞に説得力が乗っかり、楽曲に厚みが出てるんだと、秋元康の心意は分かりませんが、僕は勝手にそう思っています。

『価値あるもの』に出てくる僕もまさにそんな乃木坂の楽曲によく出てくる「僕」だなと思いました。そう思って書いたのが上記のツイートになります。

 

楽曲に僕目線の歌詞が多いことについて秋元康は乃木坂三昧でこんな言葉を残しています。

「乃木坂の中にいる僕が一人で動いている気もする。ファンの皆さんがこれとこれはこの曲のアンサーソングじゃないか、この曲とこの曲は繋がってるとか。僕の中に乃木坂における僕ってのはどこかにいるんじゃないかなって気はする」

 

乃木坂の歴史の中で、彼女達の歌によって、或いはファンの人気によって、乃木坂の中の僕が創られていった。そしてそれに同調するように、創り手である秋元康の中でも乃木坂の僕が育っていった。

そんな印象を受けます。

 

秋元康が語っていたように、僕も乃木坂の中にいる僕を勝手に動かしてみたいなと思います。

 

結論から言うと、『価値あるもの』は『やさしさとは』のアンサーソングなんじゃないかなと、この曲を聞いていくうちにそう考えるようになりました。

 

何故そう考えるようになったかを書く前に、まずは僕が『やさしさとは』の歌詞をどう解釈しているかに軽く触れたいと思います。

 

この楽曲にも「僕」と「君」が登場します。

そしてこの曲の歌詞は簡単にいうと「僕が片思いしている君が他の人に恋をして、その一部始終を眺めていた僕の、自分の思いを告げることなく終わった恋物語だと思っています。何故そう思っているのかは以前ブログに書いたのでもしよければこちらを読んでみて下さい(宣伝)

 

つまりやさしさとはも価値あるもの同様に「君」を好きだけど好きな気持ちは伝えることのなかった「僕」の物語になります。

ただこれだけだとアンサーソングだと思った理由までには至りません。この二つの楽曲には色々な共通点があるなと思います。

何故アンサーソングだと思ったかの理由を書いていく中で二曲の共通点も書いていきたいなと思います。

 

『やさしさとは』は歌声に特徴のあるメンバーで構成されたユニット楽曲になります。『価値あるもの』同様に明確な理由を元に集められたメンバーによる比較的人数が多いユニット楽曲です。

歌唱メンバーが卒業していく中で、人数が減りながらもオリメンを大事にして歌われてきた曲としても有名です。まだ分かりませんが、価値あるものもそんな楽曲になるんじゃないかなと思ってます。

 

少し話がそれますが、「歌い継ぐ」

これは他の歌手、アーティストにはないアイドルだけの特色だと思います。

アイドルの曲は単純な楽曲の良さだけではなく、その曲のセンター、初選抜、初フロント等、色々なメンバーの物語が曲そのものに乗っかります。その「楽曲に乗っかった物語」が楽曲を育てていく。そして、その物語の登場人物が卒業した時に、新たな登場人物が『歌い継ぐ』ことによってまた新しい物語が生まれる。

それを見るのも、アイドルを楽しむ一つの要素であり、魅力だと思います。

 

そんな中で、乃木坂の歴史と共に「乃木坂の僕」も育っていった。

楽曲が違って、歌ってるメンバーが違ったら、それは全く別の曲です。それなのに同じ「僕」がそこに存在している。それって凄く面白いなって思います。

 

話を戻します。

『価値あるもの』の「僕」と『やさしさとは』の「僕」は、実は価値観が大きく違います。

『価値あるもの』の僕はとても前向きです。君が幸せなら僕はそれが一番嬉しい。ただ君を想うことが価値のあることと気づいたと。曲調も明るく、好きな人に出会えた幸せが伝わってきます。

『やさしさとは』の僕からは君への未練や後悔を感じます。声をかけないまま君を見送る、その方が僕らはしあわせだ。思い出すのはやめて孤独を選ぼうと。曲調からも寂しさが伝わります。

 

では何故この二曲の僕が同じ僕で、アンサーソングだと思ったのか。

 

個人的な感情になってしまうのですが、僕はオリメンを凄く大切な存在だと思ってます。

乃木坂46は一期生が作り、二期生、三期生、四期生が一期生が作った乃木坂の色に染まりながら、お互いが化学反応を起こすことで魅力が増して大きくなっていったグループだと思ってます。

 

『やさしさとは』が収録されているのは6thシングル、一期生が二期生の堀未央奈をセンターとして迎え入れた初めてのシングルです。やさしさとはを歌うのは全員一期生。この楽曲に出てくる「僕」と同じように、一期生にもまだ悩みや迷いが多かった頃だと思います。もしかしたら初めて出来る後輩に対してやさしさとはなんなのかを考える時もあったのかもしれません。それは分かりませんが。

 

『価値あるもの』が収録されているのは29枚目シングル。6枚目から楽曲もメンバーも沢山の物語を重ねて、楽曲に出てくる「僕」に変化が出てきてもおかしくないなと思います。歌唱メンバーは三、四期生。乃木坂になっていった子達です。そして、『やさしさとは』歌唱メンバーの最後の一人、生田絵梨花が卒業してから初めてのシングル曲になります。

『やさしさとは』は初めて二期生を迎え入れたシングルに収録されたユニット曲で、『価値あるもの』は最後の歌唱メンバーの生田絵梨花が卒業してから最初のシングルに収録された新ユニット曲

 

勿論歌ってるメンバーは全員違います。だけどもしこの二曲の僕が同じ僕だとしたら、声をかけないまま君を見送るだけだった僕が、君は背中向けたままで何もかわらなくていいんだって思えるようになって、答えがみつからないままただ歩くしかなかった僕が、愛せる人をただ想うことが価値あることと気づいた。それを進化と呼ぶかは分かりませんが、あの時出せなかった答えの一つに辿りつけたんじゃないかなって。

それを新しく乃木坂になっていった子達が歌うことが「僕」の物語の一つの形だとしたら、彼女達自身が乃木坂に入ってこんなにも成長出来たんだってことを「僕」を通して伝えてきてるようにも思えて、一つの答えを見せてくれているようにも見えて素敵だなって。

季節感も『やさしさとは』は冬で『価値あるもの』は春のイメージがあります。

季節を越えることで「僕」にも変化があったのかなとも感じとれます。

 

どちらも同じ「成就しない片想い」をつづった曲ですが、乃木坂の成長と共に僕の心境にも変化が出てきて、それを「歌い継ぐ」ことで伝えてるとしたら、それもアイドルにしか出せない面白さであり魅力の一つだなって。勿論これは秋元康の意図ではなくて僕が勝手に作り出した物語ですが。

 

これが僕が『価値あるもの』が『やさしさとは』のアンサーソングだなと思った理由です。

 

歌詞の考察とか全然なくてただのオタクのメタ的思考満載の妄想ですが、楽しみの一つと受け取ってもらえたら幸いです。

久しぶりのブログでまとまりもなく読みにくい文章だったと思いますが、読んで下さってありがとうございました。